2009年06月19日

介護を始めるきっかけを我が子供達に書きとめて・・・・パート3

今日は仕事でした。
以前は、朝7時半に出て夕方6時半頃に帰って来ていた頃を思えば、今は8時半に出て、5時過ぎには帰って来れるので、とっても楽になりました。

でも、今はばあちゃんがいないのになんだか体が疲れてる〜(T_T)
多分、気が抜けたのかな?

まぁ〜、しょうがない。

昨日の続きを書きたいと思います。
>ここからまた、劇的な人のつながりが見事に花開いた状況を生んだのです♪
主人の反対というのは、私に負担をかけられないと言う思いやりの反対でした。
でも、私はきっと後で後悔すると思ったんです。
それからは、主人にも納得してもらえるだけの情報とデーターをすべて用意!

仕事を終えてからの、パソコンとにらめっこ。
その時のじいちゃんは、鼻からチューブで栄養を摂ってましたが、その後イロウにすることになっていたので、イロウをしていても受けてくれるデイサービスを見つけることがなかなかできなかったんです。

スタートの基本は、「私が働きながらの介護ができるサービスの確立」。
子供にまだまだ教育費がかかるので、「介護だけ」と言うことは最初から頭になかったです。
ネットで調べ、知人にも色々教えてもらいながら調べるも、やっぱりない。
諦めかけた時、長女、二女が地域の阿波踊りでお世話になっていた(小学校のRTAでもお世話になった)方に相談に行ったところ、「ホスピス緩和ケアの第一人者で在宅医の先生が、隣の市で施設をオープンしてまだ1、2年よ。あそこはいいとろころよ!」と教えてもらい、ネットで調べて「ここならイケるかも!」と・・・。
その日の夕方すぐに電話。
対応してくれた方の声を聞いてピン!ときた。「ここだ!」

要介護5のじいちゃん、要介護3のばあちゃん同時にデイサービスに通えることが可能に。めちゃめちゃうれしかったぁ〜。
まず一つクリア!
そこから、ケアマネージャー探し。

地域の包括センターでも、私の意気込みを聞いてもらったのですが、みなさん「無理でしょう〜」っていう顔をされ、別な事業所探し・・・

そこで、知人に今のケアマネージャーがいいよと紹介してもらいました。また一つクリア!
実は、以前息子が保育園に行っている時に、何度か送り迎えをお願いしたことがある事業所のケアマネージャーさんで、偶然にもやっぱりご縁があるんだなぁ〜って、これまた感謝でした。

そして、ヘルパーさんはそのケアマネージャーさんの事業所でお願いすことになり、また一つクリア!

そこからは、月曜〜金曜までの間の組み立てをケアマネージャーと一緒に組みながら、どうにかイケそう!ヤッター!って感じでした。

次は肝心な、移動手段。

車で3〜4時間位の移動。
民間救急車は色々あるけど、ネット上のこと。どこまで信用できるか不安。
何件も電話し声を聞き、ネットの画面から「ここは大丈夫だろうか?」と神経を使いまくり・・・・。

そして、十数件目。いつも同じ方が電話に出る。どうやら、独立してされているよう。声からも、「この人なら大丈夫」と思えたので、見積もりをお願いし、依頼することになりました。

今日は、ここまでで・・・




posted by ほのの at 00:46| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月17日

介護の始まるきっかけを我が子達に書きとめて・・・パート2(1は前日で〜す)

今日も、ばあちゃん(義母)はショートステイです。
様子を聞いてみると、とりあえず元気でいるようで安心しました。

私は・・・今日は仕事はお休み。
・・・で・・・。友達とちょっとお出掛け〜♪

でも、人ごみに疲れて夕方に30分程寝てしまいました。

そこから、夕食の支度。
やったぁ〜、まだ9時!のんびりさせてもらいます、ばあちゃん♪


では、昨日続きを・・・
>しかし・・。
母のほうも、危ないかも?という出来事が幾つか・・・。
続きは明日に・・・。

そう、ばあちゃんが危ない!
今までは、杖ついて膝の湾曲症?(字合ってます?)、糖尿病、高血圧、やや肥満、おしっこが漏れ出しておしっこ臭くなってきた、その程度。

入院しているじいちゃんの病棟はHCU(ICUよりやや軽度)
入室する時には、部屋の前のインターホンを押し「○○の家族です」と言って、中から鍵が解除され、目の前の扉を横に引くだけなんですが、ばあちゃんは、インターホンを置くととんでもない方向へと歩き出し、「どこ?どこ?」と部屋を探す始末。私が滞在している一週間毎回そうでした。
時には、お昼ご飯を食べに出て戻ってきてもまた、同じように迷っています。「ひょっとして、ばあちゃん認知症が少しきた?」
じいちゃんの事も心配だけど、ばあちゃんの事も考えなきゃいけないかも・・・・。

そう思いながら、一週間が過ぎ自宅に戻りました。

じいちゃんは、車いすにどうにか座らせてもらったり、また足をマッサージしてもらったりと、できるリハビリをしてくれていましたが、回復は見込めそうもない。食事も、その当時は鼻からチュウブを入れていて、それを無意識にじいちゃんが抜こうとするので、手をベッドに縛られていました。

これから、どうしていけばいいのだろうか?

私は、じいちゃんの入院から2ヵ月半の頃、じいちゃん、ばあちゃんを
引き取ることを決意しました。
主人に言ったら、もちろん反対!
そこからは、主人に内緒で引き取ることを考え、ネットで色々と調べまくりました。

ここからまた、劇的な人のつながりが見事に花開いた状況を生んだのです♪

続きは明日以降で失礼します。
posted by ほのの at 23:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

介護の始まるきっかけを我が子達に書きとめて・・・パート1

実は今、ばあちゃん(義母)はショートステイに行ってます。
私自身が、踏ん切りがついたので利用することにしました。

今頃何やってるのかなぁ〜?なんて、ついつい考えちゃいますが・・・
22日に帰ってくるまでは、のんびり過ごしたいと思います。

そこで、介護が始まるきっかけから少しづつ書きとめたいと思います。

3年2ヵ月前、じいちゃん(義父)は心臓の薬を間引いて飲んでいたため足の異常なむくみが出て入院。
そして、24時間点滴を・・・・

じいちゃん(義父)は「病院のご飯がおいしくない!」と、
ばあちゃん(義母)におにぎりを持ってこさせて、病院食は一切食べなかったようです。
息子の主人が、ばあちゃん(母)に「おにぎりなんか持っていっちゃだめなんだぞ!」と言っても言うこときかず・・・・

そのうち、病院からの缶の栄養剤なら飲むようになり「うめぇ〜」と言って、1本飲み干してました。
まだこの頃は、弱々しくではあったけどしゃべることができたので、ばあちゃん(義母)に「家に帰りたい」とずっと言っていたようでした。

入院して3週間程して、息子の主人も知らない間に退院していたのです。
その退院した次の日、水分も薬も摂れなくて脳梗塞になり救急車で再度入院。

主人は激怒してました。
病院もなぜ、水分も口から摂れない患者を退院させちゃうのか?と思いましたが、毎日病院に行っていたばあちゃんの言うことを聞かざるおえなかったのかな・・・と。

病院からの連絡先は、主人と実家にしていたのですが・・・・。

で・・・そこからが、大変でした。

じいちゃん(義父)の意識もあまりなく、状態は思わしくない。
私は、ひょっとして最後になるかもしれないと思いました。
当時、保育園の年長の息子がいるため、私の母に来てもらい仕事も1週間休みを取り、家を空けじいちゃん(義父)ばあちゃん(義母)の元へ行くことにしました。

そこで、用意した物。
孫たちの声を録音して、じいちゃんの耳元で聞かせたのです。

5歳の息子は「じいちゃ〜〜ん!」と大きな声で何度も。
5歳の息子 「じいちゃん、ご飯は口から出さないで食べてね」
      「じいちゃん、はやく元気になってね」
      「じいちゃん、またお見舞いに行くからね」・・・・
と、息子、娘二人で5分程を録音して耳元で流しました。

意識もほとんどなかったけれど、確実に孫達の声は聞こえていました。
じいちゃんは孫達の声のする方へと耳を寄せようとしたのです。
目も開いてはいませんでしたが、確実に聞こえていました。

私は、主人の実家に1週間の滞在。
毎日、ばあちゃん(義母)と病院に通いました。
じいちゃん(義父)の手先、足先をさするだけだけど、ここにいる間だけでもと・・・・

沢山、管がつけられていましたが、今すぐ命が・・ということだけは避けられそうだったので、どうにか一週間で帰ることにしました。

しかし・・。
母のほうも、危ないかも?という出来事が幾つか・・・。
続きは明日に・・・。












posted by ほのの at 00:16| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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