2009年10月25日

頑張ることを、あきらめました

久しぶりの書き込みです〜るんるん

ばあちゃんは、まだ義妹さんにお願いしています。

お陰さまで、私の体調は今はばっちりです手(チョキ)

ご心配おかけしましたm(__)m


実は先々週(17日)の土曜、日曜で主人と群馬県の温泉に行ってきましたいい気分(温泉)いい気分(温泉)

主人と2人というより、介護経験のある人、

現在在宅介護中でその日はショートにお願いしてきた人、

遠距離介護の人など、介護経験のある方々16名でのんびりしてきました。


そこで、私の今の悩みを話したことろ、

「おじいちゃんを自宅で看とって、おばあちゃんだって認知症がよくなってきて、ここまでがんばったんだからもうがんばりなさんな」と。

なので、頑張ることを諦めましたかわいい

簡単に決めた訳ではなく、ず〜っと悩んで悩んで悩んだ末の結論です。


介護のスタート当初は、勢いと4年前の若さ?で義父母を引き取ると決め、

働きながらできる介護を一から探し、まずデイを見つけ、

ケアマネを探し、訪問医を見つけ、訪問看護、

ヘルパーさんのお願いする事業所を決めてから、

ケアマネとのやり取りでどうにかスタートすることができました。


義母は今より認知がひどく、うつもあったのでほんとしんどかったけど、

そんな事も言ってる暇もなく、ひたすら頑張りましたかわいいかわいい

でもその頃は楽しかったです。ほんと楽しかったでするんるんるんるん

すっごく忙しかったけど。


寝たきりの義父を看るには、年金が国民年金だけでとても施設は無理。

義母と二人分足しても無理な状況でした。


その頃は、我が家の長女も私立高校。

次女の高校受験に向けての塾代。

お金がほんとかかりましたたらーっ(汗)たらーっ(汗)


義父母を引き取る時には、

義父母の貯金もほとんどなく我々の持ち出しの月ばかりでしたあせあせ(飛び散る汗)


私は義父母を引き取る時から、

仕事をしていたので仕事をしながらでもできる介護を考えやってきましたが、

私が朝7時半に出る事で「遅刻はできない」あせあせ(飛び散る汗)

「寝坊は絶対だめ」あせあせ(飛び散る汗)

「じいちゃんのおむつ替え、除圧、イロウ、デイの支度、子供たちの弁当、支度・・」

これらがストレスになっていたことは間違いないです。

でも、義父が亡くなるまでの1年7ヵ月はほんと私はにこやかでした。

不思議ですが・・・。


でも、義母の正気な時の反抗、義妹さんの心ない言葉。(これは介護の前から)


この反抗態度と言うと、すごく義母が悪者のように聞こえると思いますが、

これは私や主人に言われることがイヤなため、無言の反抗をします。


私たち夫婦から、義母を怒ったり怒鳴ったりしたことは一度もありません。

嫌な思いをしなような言い方をいつも心がけてきました。


でも元々気の強い義母は言われるのがイヤなのです(決して無茶など言ってないんですけど・・・)


その様子見れば私は、より言葉を選び義母がイヤな思いにならないよう

より気を使っていると、言葉がだんだんでなくなってきました。


そして笑顔が減ってきた自分を感じ、

これはもう考えないと・・・と思うようになったんですたらーっ(汗)


でも義母には、施設ではなく家に居させてあげたいと思う気持ちもある

し・・。自分への罪悪感、心の狭さで自分を責める毎日でした。


義妹さんの心ない言葉が夫婦喧嘩のきっかけになったり、

いつも私の涙の訳は義妹さんが原因のことが多かったもうやだ〜(悲しい顔)


介護は介護する親のことだけでの心労だけではなく、

それを取り巻く人の心ない言葉、どれほど傷つき、

家、夫婦をもめさせる原因になることか。

ほんと大きいです。

(認知の方の介護はほんと大変だと思います)

でも、とても勉強になりました。


義父母の介護の準備を本格的に始めてから4年3ヵ月、

子供たちにとってもどれだけ勉強をさせてもらったことか。

生きた道徳を学ばせてもらいました。


そして家での「おくりびと」

これはすごい経験をさせてもらいましたでした。

今まで大変だったけど、今はいい思い出ですよぉ〜。


でも・・・・・・

施設にまだ申請していませんたらーっ(汗)

なぜなら・・・義妹さんの承諾をまだ取れてないのです。

特養はとりあえず2、3年待ち覚悟で申請し、

老健は2、3ヶ月で入れそうなので、来月には申請をと思っています。


今は、毎日朝7時半に出勤しています。

主人もいますが、来年から次女が専門学校へ・・・・

やっぱり学費はかかりますわーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)


なのでこの忙しい日々にまた義母を巻き込むのもかわいそうで・・。


色々色々色々色々考えました。


でも、頑張りすぎて私が体調壊してしまうと、

子供や主人が大変になってしまうので・・・・・。

頑張ることを諦めました。


でも、12月にはまた少しばあちゃんは帰ってきますよるんるんるんるん
posted by ほのの at 23:43| Comment(11) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

授業中の居眠りでの夢で・・・涙

久しぶりの書き込みです。

ばあちゃんは、まだ義妹さんにお願いしてます。

いつまでかは、まだ決まっていません。

でも、ここは甘えさせてもらおうと思ってますかわいい


実は昨日、私(ほのの)の次女(高3)の娘が授業中、

ちょっと居眠りをした時の話を聞きました眠い(睡眠)眠い(睡眠)

その内容は、じいちゃんがまだ生きている頃の毎朝の様子の夢を見たようで・・・・


毎朝、私はお弁当を3〜4個作り、じいちゃんの除圧、おむつ替え、

イロウ、デイの準備、顔拭きダッシュ(走り出すさま)

ばあちゃんを起こし、ご飯を食べれる状態までは自分で頑張ってもらい、

薬を飲ませてから、食後の薬も飲むように目の前に置き、

私は7時半に家を出て、その後は次女が末っ子長男(当時小1)と8時

に家を出るも、それは戦争のようなバタバタでしたー(長音記号2)ー(長音記号2)

デイに行くのに、車イスが通れるようにダイニングのテーブルを半分に

次女がたたみ通路を確保。


家を出るにも、靴を履く末っ子長男に次女は

「速くしなさい!」ってよく言っていたようです。


それもそのはず、夜寝るのがいつも遅くなってしまう末っ子長男は朝起

きれないのですもうやだ〜(悲しい顔)


私が仕事から帰宅するのが夕方6時半から7時位。

それから、おじいちゃんのおむつ替え、

イロウをして食事の準備をして寝かせるのがいつも10時半頃だったから。

本当は9時半頃には寝かせなきゃいけない年齢なんだけど・・・・ー(長音記号1)

そんな大変だったころを、授業中の居眠りの時に夢を見て、

「悪かったなぁ〜」って、

一人授業中に涙していたそうですもうやだ〜(悲しい顔)もうやだ〜(悲しい顔)

思い出せば出すほど、涙、涙、涙たらーっ(汗)だったようです。


娘も、あの時ほんと大変だったと言ってますが、

今は笑って懐かしむことができてますかわいいかわいい

やるだけやったという、悔いのない介護だったねぇ〜かわいいかわいいなんて・・

運命の人や友達にもお世話になり、

働きながらという介護ができたことは、ほんとうに感謝でした黒ハート黒ハート

でも、吸入が頻繁に必要になると仕事を辞めるしかなかったですね。

だけど、介護離職した会社の部署のトップから辞める時に

「働ける状況になったら、ぜひ連絡がほしい」と深々と頭を下げて言ってくれましたぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

ありがたかったですねかわいいかわいい

この言葉世の会社のお偉がたに言いたいですよね。

介護離職した後は、収入の不安。

でも、いつになるか分からないけど働けるようになったら戻っておいで

と言ってもらえたら、どれだけ不安が解消されたか・・ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

感謝でしたかわいいかわいい


ただ、私は息子のために2〜3年はフルでは働かないでおきたいと思っ

ていたので、お言葉だけ頂きました。


一番大変だったころの介護の思い出は、

家族全員にとって今はすべて笑顔で語れるいい思い出ですかわいいかわいい
posted by ほのの at 11:01| Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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